理事長挨拶

理事長挨拶

日本保全学会の新しい展開を目指して

理事長 宮健三

(一社)日本保全学会の設立の主たる目的は大規模工場における保全業務の体系化を構築することであった。 アプローチの仕方としては、言語学における生成文法などが参考になると考えられ、保全学会誌の裏表紙の原理(選択原理、投射原理、結合原理の組み合わせによる創造)はその議論を踏まえたものである。

福島事故以降、原子力の正常化がリセットされ、新規制基準への適合性が最大の関心事になり、従来の原子力関係者が規制行政から排除された措置が災いし、 原子力規制行政が原子力規制や現場経験がない規制委員によって運用されることになり、規制の有効性(effectiveness)も重視されず適合性審査が滞っている状況はその表れであろう。BWRが1基も運転再開されていない現状は残念である。

もともと原子力の脱原発を歓迎する反原発マスコミが現状の改善を望むはずはなく、単眼的記事や報道が横行している事実は改善されておらず、 事故以降、運転再開の異常な遅れが数十兆円に及ぶ国益の喪失をもたらした。加えて、Value Impact Analysis を実施しないバックフィット工事に誰も異議をさしはさまない事態も異常で古い原子炉の寿命延長に重くのしかかっている。 それでも規制措置は順次改善されているようで、その改善に貢献してきた保全学会の4年に亘る安全規制関連検討会の活動は高く評価されて良いと思われる。

しかしながら、このような状況によって保全学会の学術活動が影響を受けたのは事実で、保全体系化構想はこの間休眠状態にあった。 では、このような状況を踏まえれば日本保全学会は次の5年間何をすべきだろうか。

規制関連事項の改善に資する活動は維持されて当然として、保全学会は学会にふさわしい学術的業績を追求することを忘れてはなるまい。 人類普遍の保全行為の体系化は忘れてはならない初心であるからである。設立時には、保全学の体系化とその実用性を独創的に追及していく手法として言語学的アプローチが有用ではないかという予感が共有されていたことも記しておきたい。

時は経過し、周りを見回すと、世は人工知能ばやりである。一般産業の保全業務の改善に機械学習や人工知能が適用され、 産業界における問題解決方策に革新をもたらし始めている事実は見過ごせない。この視点に立って保全行為の近代化を考えれば、この機械学習や人工知能を、自然言語を通じて原子力保全に適用していくことは新しい地平線の開拓につながるであろう。 米国NRCは自然言語解析を通じて規制のデータベースを規制行為に適用し始めており、その波はやがて我が国に押し寄せてくることは言を俟たない。

例えば、過去の事故例が自然言語の形でデータベース化されておれば、検索によって過去事例を引き出すことが可能で、起きるかも知れない事故事象の兆候を即座に検出し、 自然言語で集約されたデータベースと照合し、安全対策を即座に講じることができれば、原子力プラントの安全性は飛躍的に向上するであろう。あるいは、機械学習的検索によって類似の規制案件を検索出来れば、検査官の裁量性は最小化できる。 我が国規制組織に強く望まれる“AI規制”の展開であり、規制の伝統的欠陥の克服につながる可能性は否定できない。

ところで、これらの進歩は本質的に何を意味しているのだろうか。 それは20年前に私達関係者が洞察した“保全行為”と“言語学”の結びつきが自然言語によるデータベース化とその活用によって具現化され始めていることと捉えてよいであろう。

保全行為の体系化が“文理融合”と結びつくもう一つの理由がある。それは自然言語の矛盾を明確化する論理学的手法の保全や規制への応用であろう。 直感的な洞察に基づけば、今後の検討の動向として「保全-言語学-論理学」の相関性を重要課題として取り上げる。論理語概念や命題関数などの保全への適用を想定して保全学の体系化を新しい視点から見てみる。 このアプローチの実行に際し、若い研究者が保全学の新しい地平線の開拓に貢献することになれば望外の幸である。