理事長挨拶

理事長

日本保全学会 ~ 新フェーズへの展開

日本保全学会は、システムを安全に活用するために、最も重要な「保全」に着目した学術団体です。本学会は、2003年に設立され、2014年に一般社団法人となり、現在に至っています。23年にわたり、日本及び世界における原子力発電所をはじめとする複雑システムの保全を通じた安全性向上に向けて活動を進めてきました。設立当初から、本学会をけん引されてきた、宮 前理事長の後を引き継ぎ、2026年6月より、下名が新理事長として選任されました。改めて、複雑システムにおける保全の重要性を強く認識するとともに、保全をアップグレードして、より安全なシステムを作り上げていくために、会員の皆様と協同して活動を推進していく所存です。

現在の世界では、原子力発電所や飛行機など、複雑システムを活用しています。これらの複雑システムは、タービンやエンジンなどの個々のシステムが相互に影響しあいながら、総合システムとして動作し、電力や移動といった大きな便益が得られます。しかし、システムは、様々な外乱や時間の経過によって、その性能がしだいに劣化します。劣化したまま放置すると、いずれは故障したり、破損したりして、システム全体の機能や安全性に影響を与える可能性があります。このシステムの劣化を検知するとともに、適切な補修や交換を実施することで、システムの性能を保つ活動が「保全」です。ある意味、我々の身の回りにあるすべてのシステムは、スマホから自動車、家屋、高速道路、発電所に至るまで、全て適切な「保全」を行う事で、安全が確保されているといっても過言ではありません。

本学会の目的は、この「保全」を学術的に体系化する事で学術基盤を構築し、これを適用して保全の最適化を推進することで、システムの安全性を維持向上する事です。複雑システムは、いくつもの個別システムが相互に影響しあって組み上げられています。また、個別システムも、さらに細かなシステムの統合でできています。さらに、機能維持や安全性確保のために、重要なシステムと、あまり重要でないシステムがあります。重要度の低いシステムは、一般的に確立された適切な保全が実施されます。故障したら取り換える保全を行う事で十分なシステムも数多くあります。一方、重要なシステムは、保全を含むマネジメントを拡充していく事が必要です。継続的に性能をモニタしたり、定期的に性能をチェックして、必要に応じて補修したり交換したりします。IAEAの言うグレーデッドアプローチです。重要でないシステムと重要なシステムでは、保全を含むマネジメントの考え方を根本的に変える必要があります。

現在、日本政府は、原子力発電所のさらなる活用に舵を切りました。世界を見ても、イギリスや韓国をはじめとして、原子力発電所の新設が目白押しです。より適切な保全の推進が、世界の原子力発電所の安全性を高度化していきます。

アメリカでは、1990年代に、メンテナンスルールを法律に定めました。それまでの保全は、現在の日本で実施されている保全と同様に個別のシステムを中心とした保全でした。これを、保全のパフォーマンスを監視することで、総合システムの安全性を高めることに成功しました。よく停止していた発電所が、ほとんど止まらなくなり、安全になったのです。現在も、アメリカの原子力発電所は保全を適切に実施することによって、極めて安全性が高いことを実証しています。この実例が示すように、保全の最適化が、安全性のカギとなります。細かく性能を見ていく事は、必ずしも安全性を向上しません。グレーデッドアプローチを適用し、リスクに影響するシステムを集中的に保全していく事で、総合的なシステムの安全性を向上できるのです。日本においても、メンテナンスルールを用いて、安全性を向上する事が可能です。

なお、福島第一原子力発電所事故を忘れてはいけません。事故の要因は、個別の保全の失敗ではなく、津波という外乱に対する適切な保全概念を構築できていなかった事にあります。外乱による性能劣化が極めて膨大で、バックアップなどを含めてすべてのシステムが停止しました。外乱によるシステム劣化を担保する事に失敗しています。この反省を含め、統合的なシステムの安全性を確保していく事の重要性が改めて認識されました。当時の技術に対する慢心も大きくありました。逆説的ですが、システムとしての安全性確保は、改善を繰り返すことでしか確保されないことを実証したとも言えます。「保全」もシステムとしてとらえ、継続的な改善を繰り返すことで、安全性を向上していく事が重要です。また、福島第一原子力発電所の廃炉自体も複雑システムです。ALPS処理水放出をはじめ、そのパフォーマンスを向上させるべく、メンテナンスルールを廃炉作業にも適用していく事が重要です。特に、原子炉建屋などには、事故後15年間、ノーメンテナンスのシステムが多数あります。放射線レベルが高くて、現場に入ることもままなりません。このような環境における保全技術の開発も重要です。例えばドローンなどは積極的に活用すべき新技術です。

原子力発電所のように、極めて複雑なシステムは、グレーデッドアプローチに基づく保全を適切に適用して安全性を維持向上していくことが必要です。世界中の知見や経験をもとに、リスクに応じた保全手法が確立され、改善されてきています。技術的な視点にとどまらず、社会とのつながりの中に、複雑システムは存在します。

日本保全学会は、保全技術を体系化するとともに、メンテナンスルールの適用や、AI等情報技術の活用などをすすめ、より安全なシステムの保全へ展開していく活動を継続してまいります。また、社会との対話を含め、日本の将来を発展させる基盤として保全を推進していきたいと考えています。

これまで同様、会員の皆様の変わらぬご支援とご協力を、よろしくお願いいたします。

2026年 7月

会長挨拶

会長

日本保全学会長の
就任にあたって

2024年7月より日本保全学会の第5代の会長に就任いたしました。
歴代の会長の先生方のようにはいかないところが多々あると思いますが、学会の今後の企画・運営などに対して責任感と緊張感をもって対応していく所存でございますので、よろしくお願いいたします。

本学会の主要テーマである原子力発電所の保全活動においては、現在11基のPWRプラントが再稼働を果たし、今年度中には2基のBWRプラントが再稼働する予定です。再稼働したプラントの新しく追設した設備の保全や長期間停止していたプラントの保全など、学会として整理・検討すべき課題があると思います。更に、確率論的手法に基づく保全は、海外では実際の保全に活用されていますが、わが国では、活用が進んでいない状況から、確率論的手法の保全への活用についても検討を加速していきたいと考えております。
一般産業界では、AIを用いた種々の技術が開発され、実用化されています。原子力発電所においては、いくつかの制約があり、活用が進みづらいところがありますが、現場ニーズと最新の研究成果やシーズを組み合わせて克服していきたいと思います。産学連携をうまく進める場を日本保全学会が担えればと考えます。

脱二酸化炭素を進める中で電力需要が増えるなか、半導体工場やデータセンターの増設などで益々電力需要が増える方向です。これらを補う発電所の増設や既存発電所の保全が非常に重要になる中、若手技術者が減り、発電所などに携わる技術者も減少してきています。建設・保全活動に従事する会社の採用は、非常に苦戦が続いており、レベルの高いベテラン技術者からの技術継承が難しくなってきております。画像などでの技術継承はもちろんのこと、作業を機械化し高い技術をAIに学習させるなど、人から人への継承から一歩踏み出すことが必要であり、日本保全学会の場において、産学連携して解決の方向性を導き出したいと考えております。

私の会長としての抱負を述べさせていただきましたが、会員の皆様、北海道・東北支部、西日本支部の皆さまなど、多くの方々の協力を頂き、一緒に活動していくことで、初めて良い成果が出るものと考えております。会員の皆様方、支部の皆様方からの積極的なご提案、ご協力をお願いし、挨拶文とさせて頂きます。

2024年 7月